ビアンカ・オーバースタディ

ビアンカ・オーバースタディ (星海社FICTIONS)

ビアンカ・オーバースタディ (星海社FICTIONS)

今回は筒井康隆先生の『ビアンカ・オーバースタディ』の感想です。
あの筒井康隆先生がいとうのいぢ先生とタッグを組んでライトノベルを執筆!なんて話題になっている本作ですが、出版社の思惑にまんまと乗せられ普段筒井作品はほとんど読まない私も手に取ってみました。筒井作品は小学生か中学生の頃に時をかける少女を読んだくらいですかね。あれもラノベのようなものと言えなくもない気がしますが、これが初ラノベだと言えばそうなんでしょう。
あとがきで触れられているようにこの作品には2つの読み方があるようで、1つは純粋にラノベとしてのエンタメ的読み方。それについては純粋な青少年向けの娯楽小説といった感じです。未来の人類を巨大カマキリの危機から救うために、人間の精子と蛙の卵を掛け合わせて人間蛙を作り出し、巨大カマキリと戦わせるといった内容がメインで、時間遡行などのSF要素が散りばめられ、文章も非常に読みやすく、普段本を読まないような中高生でもスラスラ読めるであろう作品です。まぁ各所で話題になっているように、特に序盤に性的表現が多く見受けられますが、気にするほどのものでもないです。特にエロくもないですし、そもそもそこはこの作品のメインじゃないです。そんな感じで、あとがきで作者が言っていた他作品への誘導へのきっかけには十分に成り得る作品なのではないかと思います。
2つ目の読み方はメタラノベとしての文学的読み方ですが、まぁ色々と深読みできそうな部分はあります。序盤のエロ描写は最近の過激なエロ描写の多いラノベへの皮肉だとか、塩崎の受精卵盗難やコリキの誘拐からの一連の行動は終盤に言及されているように昨今の草食系男子への炊きつけ・アジであるとか。筒井先生が読んだという涼宮ハルヒシリーズのパロ的要素や、時をかける少女セルフパロディ的要素も見受けられますし、終盤の展開から資本主義や原発への批判だと読み取る人もいるかもしれません(それはさすがにいないか)。また、この作品自体がライトノベルというジャンルの定義論争に一石を投じているとも読めたりするかもしれなかったりと、ほんと色々と深読みできそうな部分があります。ただ、それらも「そう読み取ることも出来る」といった程度のものなのかなとも思います。別にそれらのテーマが物語の裏側の本質として存在するというほどのものではないですし、「そう読みたいなら読んでください」といった感じなんでしょうかね。
表面的には純粋なジュブナイル小説で、内面的には色々と考え得る思わせぶりな部分があるので考えたい人はご自由にお考えくださいといった感じの作品でした。ちなみに私は文学的読み方の方は放棄しました。エンタメはあくまでもエンタメとしてのみ楽しみます。まぁこの作品を読んで物語の感想以外に思ったことといえば、ファウストという文芸誌を購読し、4年も5年も律儀に単行本化を待ち続け、200ページにも満たない本書と明らかに釣り合っていない1000円もの対価を躊躇なく払う熱心な読者というのは、ライトノベルというジャンルが想定している中高生という主要対象年齢をとうに過ぎた人たちなんだろうなぁということくらいですかね。